たまには小説でも

 

 

「深く…、後悔しました。」

 

そう静かに、繊細な水面を揺らさないようなか細い声で

俯いたままの彼女は懺悔を口にする。

 

短めな髪が肩を振るわす動きと共に揺れ、アイロンをよく

かけた服がシワになる。そして、一粒々々黒い染みが

確実に増えて行く。

このまま嘆き叫(ワメ)けば彼女はこの劇場の真のヒロインに

なれただろうに、その穏やかな性格通りに慎ましい行為で

あった。

 


私は何時も頭の片隅で考えていたのだ。人が人を本当に

裁けるのだろうか、…と。

 

愛情が憎しみに変わる事が多くあれ、憎しみが愛情に

変わる事が本気であるのだろうか。

 

彼女は罪人だ。だが哀しい罪人でもあった。
その彼女が私をこの舞台に立たせてくれ、私が彼女の心

を弁護する。

 

 

 

愛情とは何だろうか。憎しみとは、後悔とは何だろうか。
何度も々々なんども、私はこうして考える。

誰が彼女を裁けようか。ここまで懸命に耐えて生きて来た

彼女を誰が指を向けて裁けようか。


私は何時も頭の片隅で考えていたのだ。人が人を本当に

裁けるのだろうか、…と。

単なる神の真似事でしか無いのに、私達は何時も自分を

抜きにして人を好んで裁こうとする。

骨まで捌(サバ)いて仕分けがしたくてたまらないのだ。
それが重大な誤りでも気にはしなくなる残酷さを無自覚に

ふりまくのだ。


彼女には誰かの愛が足りなかったのだろう。
アイロンをよくかけた服を着ても、穴あき所を縫うことを

意識しない。

靴はよく磨いても、肌は荒れて髪はボサボサなままだ。
懺悔をした口は言葉を潜み、唇を歪(イビツ)にしならせては

目蓋を閉じた目から雨を降らす。

 

淡々と。淡々と静かに衣服を濡らすのだ。


今日は雨だ。家を出る前にニュースで一度知ったが、

あまりにも良い天気だったので降らないと高をくくって

傘を置いて来てしまった事を、頭の片隅でぼんやり思い

浮かべては後悔をした。

 

愛情とは何だろうか。憎しみとは、後悔とは何だろうか。
何度も々々なんども、私はこうして考える。

 


彼女の弁護を続けながら、淡々と慣れた口先を動かすのだ。

 

 

 

 

 

 

 



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Master, Yuki Hayashi.