あぁああああ…(汗),

後でエントリーしようと思ったら出来無くなってたー!!!

 

何と云う事だ……|ω・`)チラ

ダーリン,次の仕事をカムカムっ

 

そうそう,ちょっとだけの間ですけどゴールデンアネゴを

発見し,相変わらず忙しそうにしてたよ☆彡

 

 

アネゴを見てやっと思い出したんですけどね,母のアレは

あんなに涙もセットじゃ無くって!

 

"林さん…、大変申し訳ないんですけど、凄く言い難いん

ですけどね……。○○(母の名前)さん、七年前に存在してない

事になってます…。"

 

との役所からの衝撃の言葉で,母と共に驚いたんですよね

そうだそうだ,忘れられないアレだわ!!!

 

 

…忘れてたけど(笑)

 

ビザと今で云う在留カードの更新が終わったばかりに

言われた言葉だったのと,存在してない人に書類とか色々と

発行出来無いと云う事になって,前代未聞な母の存在が

かかったトラブルが起こったんですよね

 

旧ブログに話してると思うし,じゃあ何で入管手続き通した

んだよ?!!!って家族で爆笑しながら,役所が母の

パスポートまでも求めたからこそ,笑えない母の戸籍

云々かんぬんが続いたワケですよ

 

 

パスポートの期限が切れたら地元からの住民票の発送が

必要だからさ,兄の死の葬式帰省その数年後だったハズ

 

だってそれじゃあ葬式に間に合わないもんなぁ,そこまで

長引いたヤツだったのと役所と入国管理局が連携して無い

事実を知ってさ,母の家族が書類発行に動いてくれないと

困ったんですよね

 

大阪にあるフィリピン大使館に向かったかどうか忘れた

けど,当時は翻訳器もネット環境が整ってないのと

みな英語分かんないし,日本に長過ぎて英語すらボケボケに

なって精神科に通う母に,母国とやり取りする手段も

弱かったから,ならば身内の方が早い→失敗した

 

 

ってなったのヨ

 

そうだ々々,当時それで長女の私自身が未だ未成年だった

からこそ,長年親代わりをして学校も役所でも有名だと

しても国の法律だから本当にピンチだったんだよね,

 

だって書類上 親が居ない事になってたから,実質未成年しか

生活してない事になるからね

 

 

 

本当に昔だからかなり記憶が あやふやだけど,

もしかしたら成人して一時期は本当の保護者になってた

かも知れないし,まぁ色々あったんですよ我が家は

 

役所も前例が無いので困った "当たり前だよね!!!"

ってなやつでしたし,なので人間 暦(年齢)じゃないんだよね

 

乗り越えて来たトラブルの濃さ々々で成熟度って変わる

よね,ゆきさんは全部が他から受けるトラブルばかり

だったワケですよ

 

 

やっぱり思い出って残さないと忘れたり,ごちゃ混ぜに

なってたり記憶違いも起こるから,こうして自分の足跡を

残せるのって有難いよね( ̄ー ̄)ニヤリ

 

苦労した分だけ幸せに生きたいねぇーっ,過去を思い出す

度に同じ年で私は夏,いとこは秋に産まれたのに此処まで

違いが出るんだよね…

 

なのでその事実だけ,私も彼女も背負うものってあるん

だよね

 

 

 

虐待されたワンコを何とか家に引き取っても,虐待された

人間を家に引き取ろうとも法律が邪魔をするからね

 

人権問題については やっぱり,生き物を物として扱わない

西洋文化が強かったんだよね

 

だけどだからこそ,何でもかんでも受け入れたから歯止めが

利かなくなったんだよネ

 

 

早く大人になって強くありたいと思うのと同時に,かなりの

弱虫だったんで子供には暴力的な大人が怖かったのさ

 

 

 

ウニョーン

 

 

 

 

 

 

 



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